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Misery Index という、聞きなれないもの
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 今日 の「NEWきよしさん株専門トピック愛好会」の 掲示板の投稿より

★投稿右の時間を注視し、当日の相場の流れを思い出すと
 とてもよくわかりますよ。
 【記事に付いてる各画像はクリックで拡大します。】



Misery Index という、聞きなれないもの 投稿者: きよしさん 2011年6月22日 20:50:15 No:40193

The Misery Index Approaches New Highs

ミザリーインデックスは新高値に近づく


ミザリーインデックスは、インフレと失業率の合計(-悲惨指数 である。


ミザリーインデックス


では、このグラフにある 最高位置の 1970~1980年代は 米国にとってどういう時期だったのか?

 ↓ 集めてみた。



米国は1964年から9年間続いたベトナム戦争で、約5万8000人の死者を出して敗北

1970年代に遡って米国経済を考察すると、
周知のように、71年にはIMF体制の崩壊によって73年から世界は変動相場制の時代に移行したが、
これに伴い米国ではドル相場が低下しインフレが加速するようになったし、

他方では企業の労働生産性も上昇しなかったから、国際競争力が低下し貿易収支の赤字を記録する年度が増えた。
これにより前述のように経常収支も赤字傾向を示すようになった。
貿易収支が赤字に転化したことは、米国国民の過剰な消費支出が海外諸国からの輸入商品にむけられるようになったことを意味したが、
これによって戦後の世界資本主義の中心国・米国はこの時期から世界市場の中心地としての役割を演ずることになったのである。


[70年代の主要な出来事]
● “ニクソンショック”と言われた「ドル兌換停止」 - 先進国変動相場制へ 
● “第一次・第二次石油ショック”として知られる原油価格高騰
● 先進諸国における「スタグフレーション」 - 日本の高度成長終焉 
● 米中国交回復と中国のU.N.代表権  - 中国封じ込め政策の転換 
● ローマクラブによる「成長の限界」レポート
● 「ベトナム戦争」終結
● イランにおける「イスラム革命」
● ソ連の「アフガニスタン軍事介入」



1973年(昭和48年) 日本
この年は、昭和40年代の大相場が天井をつけた年である。1月は前年からの活況相場が続き、大型株が集中的に物色された。新日鉄、三菱重工、日立が人気の中心であった。日経平均は1月24日に 5359.74円の高値をつけた。
このころから次第に出来高が減少傾向になり、1月30日から株価は急落した。

2月2日には 245.65円安と、過去最高の下げ幅を記録した。

売りが殺到というより、買いものが入らない中をストンと下げたといった感じであった。これといった新たな売り材料が出てきたわけではなかったが、1月中旬に日銀は預金準備率を引き上げ、金融引締めに転じており、株価調整の要因は出始めていたといえる。
 2月には再び通貨問題が台頭した。1971年(昭和46年)のスミソニアン合意で1ドル=308円の固定レートで安定していたが、12日に米国はドルを10%切り下げた。日本は14日から変動相場制へ移行することになった。


1975年(昭和50年) 日本
この年は第1次オイルショックによるインフレ、不況、経常収支の赤字という、かつてない厳しい環境となった。しかし株式市場は1月10日の 3627.04円を底に、夏場までは堅調に推移した。要因は海外の株高と金融緩和期待であった。

先進各国は原油価格の高騰を受け、インフレ抑制を図るために、一斉に高金利政策をとった。
しかし、各国とも深刻な不況に陥り、前年10月に西独、前年12月に米国が公定歩合の引き下げに踏み切った。

列島改造ブームに乗じた土地投機や多角化が行き詰まり、
経営危機に陥る企業が続出した。8月には興人の経営破綻が表面化した。戦後最大の倒産であった。


1979年(昭和54年) 日本
1月は前年の堅調地合いを引き継いで確りした動きとなったが、前年のイランの石油出荷停止に続いて、2月にイラン革命が勃発し、
原油輸出の再開の目途が全くつかなくなり、原油スポット価格が急上昇した。
株式市場は調整色を強めた。4月に入ると公定歩合引き上げ観測が強まり、4月10日にこの年の安値 5925.87円をつけた。

10月6日、米国FRBのボルカー議長は公定歩合の引き上げとともに、新金融調整方式の導入を表明した。準備金をコントロールすることでマネーサプライを管理し、インフレを抑制しようとする方法であった。この表明を受け、金利は管理外に置かれるという判断から、金利が急上昇し、

ニューヨーク株式市場が急落、東京市場も10月は大幅調整となった。
いわゆる「ボルカー・ショック」といわれる急落である。


11月12日にはイランの学生が米国大使館を占拠するという事件が起き、原油スポット価格は40ドルを超えた。


2008年 米国
P.ボルカー元連邦準備制度理事会議長は、2008年5月14日の下院での証言で、「現在の米国の置かれた金融情勢は、
米国がスタグフレーションに陥っていた1970年代と非常に良く似ており、米国経済が再び1970年代のようなスタグフレーションに陥る危険性がある。」と警告
し、
「FRBはインフレ対策を強力に推し進めるべきである。」と発言した。

 そのMisery Index =上がるほどにインフレと失業率の合計は増えて行き、不況が深まる。



ミザリーインデックス










世界1分主要株価指数リアルタイムチャート
http://wdsp.biz/index.html
夕場 mini ダウ先物 欧州 為替SGX アジア
http://wdsp.biz/2.html
夜間→早朝 ダウ・ナス CME NK先物夕場終値
http://wdsp.biz/3.html




このプログの売り買い速報は、
「NEWきよしさん株専門トピック愛好会」への投稿より、
1時間~2日以上遅れて、中身は10分の1程度で投稿されています。
(^^;)
会員優先せんと

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